Aug.23, 2022

Happy Birthday ! Hiroyuki & Koji

                                                                                                                                                              August 22

 


今からでは遅すぎる! Tigers vs Giants に3連勝 !!!

 


HAPPY BIRTHDAY !!!

 

 私は1940年昭和15年8月22日神戸で生まれたが今年やっと日本人の平均寿命の81.5才をクリアした。戦争の始まる1年前の生まれだが、弟で四男光司は1949年8月22日奇しくも私と同じ日に九州福岡市で9歳下の末弟として生まれ、長じて私は同志社大学を出てテレビ界へ、弟光司は関西学院大学を中退して日本航空のパイロットへと進みそれぞれの想い通りの道を歩んだ。いま、私も光司も60歳で会社を退職し夫々第二の人生を歩んでいる。この日8月22日で私は82才、弟光司は73才、なんとか二人とも元気でこの日を迎えることが出来る。

 2020年8月14日の日曜日、ちょっと早いが私は母教会、神戸栄光教会に行き誕生日の感謝の祈りを献げた。栄光教会では去年10月敬愛する教会の野田牧師が亡くなられ、その追悼文集が出来上がったので戴いたが、思い返すと本当に偶然だが先生に教会のコロナ対策での始めてのリモート礼拝にライブ出席して会員でただ一人先生の説教を間近で聞いたがそれから1ヶ月して突然亡くなられた。出来あがった文集を読みながらいろいろ先生のありし日のことを思い起こし、私は82歳で私もいつ何時召されてもおかしくないのか、としばし考えに耽った。先生は66歳だそうだが充分に燃焼された人生を送られたのだろう。叉、2021年中には次男の弟の正徳が3月にアメリカオレゴン州で78才で亡くなった。父は1997年82才で亡くなっているが、私もやっと父の歳を越えたが三男の弟桂一は1989年に43才で亡くなっている。母は長寿で2007年92才で亡くなったが今では弟光司と私の二人だけが生存しているというわけで、私もそうしたことを考える年になった。振り返って野田牧師は香川県多度津で1955年に生まれられ、1975年大阪大学人間科学部を卒業後にブラジルに渡られた。ブラジルでのご活躍後現地で1996年結婚され2年後に帰国、2002年47才で関西学院大学神学部に再入学、大学院博士課程を卒業した後に牧師になられたユニークな方だった。信仰心厚く行動力のある熱心なクリスチャンだった。翻って私の人生、如何なものか。大学を出て関西テレビに入ってからドラマやバラエテイに熱中気が付いたら60歳、いろいろ仕事での思い出はあるが我が人生如何なものだったろう、先生の文集を見ながら自分のこの日を見つめ直したひとときだった。

申命記10章12節から22節 神が求められること

 

12イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れて

そのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、12わたしが今日

あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得る事ではないか。14見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、あなたの神、主のものである。15主はあなたの先祖に心引かれて彼らを愛し、子孫であるあなたたちをすべての民の中から選んで、今日のようにしてくださった。16心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない。17あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏り見ず、賄賂を取ることをせず、18孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。19あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった。20

あなたの神、主を畏れ、主に仕え、主につき従ってその御名によって誓いなさい。21この方こそ、あなたの賛美、あなたの神であり、あなたの目撃したこれらの大いなる恐るべきことをあなたのために行われた方である。22あなたの先祖は七十人でエジプトを下ったが、今や、あなたの神、主はあなたを天の星のように数多くされた。

終息が見えない 第7波